「勝」という小さな定食屋だ。
僕らは「おばちゃんの店」と呼んでいる。
鯖の塩焼き、鯖の味噌煮、アコウダイ、豚のショウガ焼き、
そして日替わり定食。メニューはいつもこれだけだ。
どれを食ってもうまい。素材にもこだわっているし、
板さんがしっかり仕込んで作っているのがわかる。
何を頼んでもお盆に収まりきらないくらいの
たくさんの小鉢がついてくる。
サラダ、炒め物、昆布、漬け物、冷や奴やソーメン、
その日によって数も内容も違う。これが楽しみ。
でもこの店の本領はここからだ。
食べ始めてからしばらくすると、おばちゃんが
「これ食べな」と次々とサービスをしてくれるのだ。
明太子や卵焼きをご飯の上にのせてくれたり、
唐揚げやフライなんかを出してくれる時もある。
お団子やお餅をくれたりするときもある。
コーヒーや自家製の梅酒なんかを出してくれる時もある。
食べきれないほど食わしてくれた上で、おばちゃんはいつも
「お腹いっぱいになった?」っと聞いてくる。満面の笑みで。
おばちゃんは僕らのお母ちゃんだ。
僕らは完全に子供になった気分でおばちゃんの店に行く。
あの店にいく親父たちはみんなそんな気分だ。
飯を食って対価を払う。店と客の関係。
でも、おばちゃんと僕らの間には
「かけがえのないもの」が確実に存在している。
僕はそれを信じている。
それこそが人の世の光だ。
いつしか僕らにとっておばちゃんは「かけがえのない存在」になった。
それは、おばちゃんが僕らを「かけがえのないもの」として
大事にしてくれたからだ。
戦略とかマーケティングとかブランディングとか、
そんなものは全部偉い人が後から考えた理屈だ。
すべては人間の愛情と情熱が通った後の轍に過ぎない。
おばちゃんはそのことを身を持って教えてくれる。
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